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㉙KGB長官「我々はソ連の崩壊を阻止する」- 1990.12.13

 ソ連崩壊についてのおさらい。
 発端はソ連のアフガニスタン侵攻(1979-1989)の長期化、アメリカの抵抗勢力支援によるソ連の軍事的経済的消耗でクレムリンが求心力を失ったことのようです。日本もボイコットしたモスクワ五輪等は1980(昭和55)年。
 1990年7月(ドイツ再統一の3ヶ月前)、経済政策に行き詰まっていたゴルバチョフが共産党書記長に再選された時不満を持った勢力が2つできます。一つが軍部への傾斜。アメリカに融和的なゴルバチョフは軍民転換を掲げたが、冷戦終結に伴う軍縮は軍需産業の既得権益を脅かし不満が蓄積。もう一つが、離党したボリス・エリツィン率いる急進改革派。
 翌1991年3月、ソ連邦の名から社会主義の文字を抜くなどクレムリンへの権力集中を緩める条約について予備投票が各国で行われるも、既に分離独立を宣言していたバルト3国等は投票をボイコット。ロシア等9カ国では賛成多数だったが、保守派は連邦各国の完全独立が進む恐れから同条約に反対。

 エリツィンはゴルバチョフと4月に和睦し、従前よりゴルバチョフ政権を支えていた軍部や共産党保守派がこれに抵抗するという対立構図に。世論はエリツィンら急進改革派支持に傾き、主要都市市長選で支持。
 6月20日、エリツィンが保守派ルイシコフ前ソ連首相に大勝してロシア大統領に。

 追い詰められた保守派のヤナーエフ副大統領、プーゴ内相、ヤゾフ国防相らが「国家非常事態委員会」の中心メンバーとなり権力奪取を企図。このクーデターの首謀者の一人がKGB(ソ連国家保安委員会)議長のウラジーミル・クリュチコフですが、同じ人物がわずか8ヶ月前に「我が国のデモクラシーへの移行を保護する」などとテレビで語っている(記事参照)わけです。
 8月18日の午後、休暇中のゴルバチョフにヤナーエフ副大統領への全権委譲と非常事態宣言の受入れ、大統領辞任を迫り拒否されると別荘に軟禁、翌19日の午前6時半にタス通信を通じて「ゴルバチョフ大統領が健康上の理由で執務不能となりヤナーエフ副大統領が大統領職務を引き継ぐ」という声明を発表、モスクワ放送を占拠。当時、アナウンサーは背中に銃を突きつけられた状態で放送をしていたといいます。

 これに対し午前11時、エリツィン大統領が記者会見し「クーデターは違憲、国家非常事態委員会は非合法」との声明を発表。自ら旗を振りゼネストを呼掛け戦車兵を説得、市民はロシア共和国最高会議ビル周辺にバリケードを構築、銃・火炎瓶を装備、クーデター派ソ連軍に対し臨戦態勢を整えた。
 海外ではリビア・イラク・セルビア・パレスチナ・中国等が「国家非常事態委員会」の支持を表明、アメリカ・イギリス・フランスは「国家非常事態委員会」を否定し、エリツィンとゴルバチョフらの改革派を支持。日本の海部首相は、ソ連内の情報ルートがなかったためクーデターの先行きを把握できず、保守派が政権を奪取した場合を考慮しクーデター発生当初は態度を明確にしなかったが、後にクーデターを非難し、改革派への支持を表明した。

 19日22時以降エリツィン側に寝返りが発生。翌20日12時頃、ロシア政府ビル前にエリツィン支持の市民10万人が集結し21日まで流血を含む戦闘が続いたが、22日午後0時にエリツィンは勝利宣言。

 このエリツィンの「クーデター阻止の賭け」が成功した技術的背景にまだ萌芽の段階であったインターネットがあったとAFP通信「1991年の旧ソ連クーデター未遂、初期電子メールが世界に情報発信」が伝えています。

 翌23日、クリミアから帰還したゴルバチョフが演説を行うが、彼の演説に耳を傾ける議員は最早おらず。エリツィンはソ連共産党系のロシア共産党の活動停止を命じる大統領令に署名。24日ゴルバチョフはソ連共産党書記長を辞任。10日後の8月28日、共産党の活動全面停止を決定。こうしてソ連は事実上崩壊します。


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 私は流血したくもさせたくもありません。大切なことは「言うべき時に言うべきことを言う」だとは思いますが、モットーのもう一つは「なるべくローカルに言う」です。たまには広く申し上げることもあるかもしれませんが…



KGB-Chef : Wir verhindern Zusammenbruch der UdSSR
 Moskau ー Der sowjetische geheimdienst KGB ist fest entschlossen, alles in seiner Macht Stehende zu tun, um einen Zusammenbruch der Sowjetunion zu verhindern, erklärte KGB-Chef Krjutsckow in einer Fernsehansprache und machte auch ausländische Kräfte für die Turbulenzen verantwortlich. "Der drohende Zusammenbruch der Sowjetunion ist sichtbar geworden, Nationalismus wird angefacht, Massen-Unruhen und Gewalt werden provoziert." Der KGB werde den Übergang des Landes zur Demokratie sichern und dabei "entschlossen Sicherheit, Rechtmäßigkeit, Gesetz und Ordnung wahren".


KGB長官「我々はソ連の崩壊を阻止する」
【モスクワ】ソ連の秘密諜報機関KGBの長官クリュチュコフはテレビで、ソビエト連邦の崩壊を阻止するためKGBの持てるあらゆる措置を実行する決意であると語り、また、この混乱の責任が国外の勢力にもあるとした。「ソ連の崩壊がさし迫っていることは明らかだ。ナショナリズムが煽り立てられ、大衆の騒乱と暴力が誘発されようとしている。」KGBは、この国のデモクラシーへの移行を保護し、その際「安全、合法性、法と秩序を守る」であろうとのことである。


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 次回は最終回です。
 最終回はやはりドイツの話題で終わりたいですし、あまり政治の話ばかりでは読む気も起きませんね。なので、ハイウェイドライブ🚗🚙🚚の話題にします。新聞ですから政策と無関係ではありませんが、思いっきりハジケてみたいですね。掲載は3月21日(日)ごろを予定しています。長らくお読み下さり、ありがとうございました\(^^)/



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【旅行記・はじめてのドイツ㉙】ミュンヘンの登山ショップ

 新聞記事(とその翻訳)を書きながら旅行記をつける、と言うのは、あまり上手い方法ではなかったようです。前回でパリ行きの夜行列車に乗ってしまったので、その続きを書くとフランスになってしまいますねぇ
 なので、今回はミュンヘンの登山ショップの絵葉書を掲載して、お茶を濁します^^;







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(澁谷 光基/渋谷 光基/しぶやこうき)
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