はじめてのUK⑯ 変わるパディントン

 はじめて海外に出たのは、34歳の時。
 「ミュンヘンに行くのだ」と「関」のマスターに言い残して日本を立ったが、実際はフランクフルト行きの航空券が取れずに、入りがロンドンになった。
 飛行機に乗ったこと自体が3歳の時以来だったので、とにかく夢中で。ヒースロー空港のことも「天井が低かった」ぐらいの印象しか残っていない。
 電車乗場で切符の自動販売機に紙幣が受け付けてもらえず格闘していると、通りかかった親切そうな日本人の方に「どうしましたか?」と心配そうな顔で訊かれたが、「絶っ対に助けは仰がん!」とムキになっていた。辛うじて切符を購入し、ロンドン市街に向かった。


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 終着駅は、熊の名前でお馴染みの、パディントンである。
 「熊の名前を駅名にするとはシャレオツ♡」と思っていたが、「駅名が先にあって、その名前を熊に付けた」という順番らしい。

 この駅の雰囲気はよく覚えている。大改装されたヒースローと違って、当時とあまり変わっていないのだ。パディントン像も、当時と同じ様に置かれていて、当地の子供たちが遊んでいる。
 

パディントン像。今は1番線ホームにある

 ロンドンの鉄道駅は頭端式(簡単に言えば阪急梅田駅とか、南海電車なんば駅とか、上野駅の地上ホームみたいなの)が多い。こういう駅は風情はあって旅行者としては楽しいのだけど、例えば毎日十三から堺東まで通勤する人が2回も乗り換えを要するように、列車を使う人にとっては優しくない。混雑が東京ほどではないロンドンはそれでイイのだろう。


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 また14年前は、車両の方も自動ドアでなく手で扉を外側に開け、またその扉も座席ごとについてある、という、何ともクラシカルなものがあったので、キャノンストリートからロンドンブリッジまで一駅だけ乗ってみたりした。
 残念ながら、写真は撮影しなかった。現在の車両は、この時の残り香すらしない。

 古いものは、次々に消えていく。鉄道は「現代の都市装置」なので、そうなるしか無い。
 それでも、14年前と同じものが残っていた。ロンドン名物、デッキ開放式の「ルートマスター」。
 当時はオイスターカードなんか無い。切符は、電信の紙テープみたいなやつだった…ような気がする。

 
15系統など、わずかに残っている

 


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 ところが、帰国時、空港で鉄道雑誌"Modern Railways"を買って驚いた。
 付録の「ロンドン市内鉄道路線史」を見ると、パディントンが通過駅になるのだという。

 
地下にホームができる?

 クロスレイル・プロジェクトって言うらしい。
 ロンドン市内を東西に貫いて、ストラドフォード方面へ行くのだとか。
 日本で言えば、上野東京ラインの開業みたいなもんなんだろうか。
 そう言えば、東横線の副都心線乗り入れの後「渋谷から座って帰ることができなくなった(T_T)」とぼやいてる人がいて、その気持ち、わかるなあ。
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