日本テレビ最終放送

 昭和27年7月31日、電波監理委員会は、「テレビジョン放送予備免許を日本テレビ放送網にだけ与える」事を決定して解散した。



 ちなみに、NHKはこの段階では「留保」で、半年遅れてようやく予備免許が下りた。
 他の団体については、ラジオ東京(現TBSテレビ)が同じく「留保」、中部日本放送と日本文化放送教会、後の文化放送は「検討未了」などであった。文化放送はこの後テレビ免許を拒否され、ラジオ単営局として歩んでいくことになる。


 日本テレビがNHKに先んじた理由はとても多く不勉強のため書けないが、技術的には米国の方式を採用することで一貫していた事が(あくまで一つのファクターとして)挙げられよう。
 一方、正力松太郎が当初目指した放送免許の全国への拡大は達せられず首都圏・関東一円の免許にとどまった。そうしてイングリモングリしている間に関西には読売テレビ等が設立され、「たかじんのそこまで言って委員会」を日本テレビで視ることができないという状況の遠因となっている模様である^^;


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